少年野球の現場では、「これくらいの練習はみんなやっている」「1日くらい暑くても大丈夫」という言葉がよく聞かれます。しかし、最新の医学・小児科学は、こうした「個別の小さな負荷」ではなく、それらが積み重なった「アロスタティック負荷(累積的な身体的負担)」こそが、子供の成長と将来の健康を左右する最大の要因であると警告しています。
なぜ「ちり積も」のストレスが、背を伸ばす力を奪ってしまうのか。その正体を解説します。
1. 「アロスタシス」と「アロスタティック負荷」
私たちの体には、ストレスという外部の変化に対して、ホルモンや自律神経を調整してバランスを保とうとする「アロスタシス(変化による安定)」という仕組みが備わっています。
しかし、この調整機能が頻繁に、あるいは長時間使われ続けると、身体のシステムは次第に摩耗していきます。この「身体の使いすぎによる摩耗」を「アロスタティック負荷」と呼びます。
少年野球における「過酷な夏」「連日の長時間練習」「週末の遠征」などは、一つひとつが身体にこの「摩耗」を蓄積させていくのです。
2. 成長を止める「アロスタティック・オーバーロード」
身体が耐えられる摩耗の限界を超えた状態を「アロスタティック・オーバーロード」と呼びます。この状態に陥ると、身体は以下のような危機的な反応を示します。
- 成長の完全停止: 身体の修復と維持にすべてのエネルギーが奪われ、骨を伸ばすためのエネルギー供給が断絶されます。
- 「成長遅滞」という警告信号: 医学研究では、身長の伸びが停滞している(成長遅滞)子供は、体内のアロスタティック負荷が非常に高い状態にあることが示唆されています。つまり、背が伸びないことは、身体が「もう限界だ」と叫んでいるサインなのです。
3. 野球シーズンが招く「累積的なダメージ」
アロスタティック負荷の恐ろしい点は、「一晩寝ただけではリセットされない」という点です。
- 酷暑の累積: 1日の酷暑での試合は、その日だけのダメージではありません。夏の大会期間を通じて蓄積された熱ストレスは、秋になっても身体の調整機能を狂わせ続け、成長ホルモンの分泌を妨げることがあります。
- 休息不足の連鎖: 週末に溜まった負荷を平日の数日間で解消しきれないまま次の週末を迎える。この繰り返しが、子供の身体に「一生残る負の遺産」として刻まれていきます。
4. 負荷を「アンロード(降ろす)」するための知恵
子供のアロスタティック負荷を下げ、再び成長モードに戻すためには、指導者や保護者の「科学的な管理」が不可欠です。
- 負荷の見える化: 「顔色が悪い」「動きが鈍い」「身長の伸びが鈍化している」といったサインは、負荷が限界に近い証拠です。
- SSNR(安心できる関係)によるバッファー: 信頼できる大人が寄り添い、精神的な安心感を与えることは、身体のアロスタティック負荷を和らげる「緩衝材(バッファー)」として機能し、脳と体を守ります。
- 戦略的な長期休暇: シーズンオフや夏場に思い切って活動を休止することは、蓄積されたアロスタティック負荷をリセットし、再び「大きく伸びる」ための準備期間となります。
5. まとめ:大人の責任は「負荷の合計」を見ること
子供は「大丈夫」と言います。しかし、その身体の中では確実に負荷が積み重なっています。
「今」の1試合、1回の練習を強行することの価値を、その子が背負う「累積的な負担」と天秤にかけてみてください。子供たちの未来を守るとは、目に見えない「身体の摩耗」を想像し、勇気を持ってブレーキを踏んであげることに他なりません。
参考文献
- National Scientific Council on the Developing Child. (2005/2014). Excessive Stress Disrupts the Architecture of the Developing Brain: Working Paper 3. Updated Edition.
- Center on the Developing Child at Harvard University. Toxic Stress: What is toxic stress?.
- Shonkoff JP, Garner AS, et al. The Lifelong Effects of Early Childhood Adversity and Toxic Stress. Pediatrics. 2012.
- Johnson AE, Bruce J, Tarullo AR, Gunnar MR. Growth Delay as an Index of Allostatic Load in Young Children. Dev Psychopathol. 2011.
- Tsigos C, Kyrou I, Kassi E, et al. Stress: Endocrine Physiology and Pathophysiology. Endotext. 2020.
- Franke HA. Toxic Stress: Effects, Prevention and Treatment. PMC. 2014.
- Mousikou M, Kyriakou A, Skordis N. Stress and Growth in Children and Adolescents. Horm Res Paediatr. 2023.
- Garner A, Yogman M, et al. Preventing Childhood Toxic Stress: Partnering With Families and Communities to Promote Relational Health. Pediatrics. 2021.
- Rovnaghi CR, Rigdon J, et al. Longitudinal Trajectories of Hair Cortisol: Hypothalamic-Pituitary-Adrenal Axis Dysfunction in Early Childhood. Front. Pediatr. 2021.
- McEwen BS. Brain on stress: how the social environment gets under the skin. Proc Natl Acad Sci USA. 2012.
- Juster RP, McEwen BS, Lupien SJ. Allostatic load biomarkers of chronic stress and impact on health and cognition. Neurosci Biobehav Rev. 2010.
