「お父さんもお母さんも大きいから、この子も将来は安泰だ」「親が小さいから、プロ野球選手を目指すのは無理だろうか」
少年野球の保護者の間で、避けて通れないのが「遺伝と身長」の話題です。科学的に見て、身長の差の約80%は遺伝的要因によって説明されると言われています。
しかし、ここで重要なのは、「残りの20%」は環境によって決まるという事実、そして遺伝学でいう「身長」とは固定された数値ではなく、ある程度の幅を持った「可能性(ポテンシャル)」であるということです。
1. 標的身長(ターゲット・ハイト)の計算式
医学的に、両親の身長からお子さんの最終的な予測身長の目安を立てる指標を「標的身長(Target Height: TH)」と呼びます。
- 男子 = {(父の身長 + 母の身長 + 13)÷ 2 }
- 女子 = {(父の身長 + 母の身長 - 13)÷ 2 }
※これはあくまで集団の平均値に基づく目安です。
2. 「予測身長」は点ではなく「幅」である
多くの人が誤解していますが、標的身長はその数値にピッタリ育つことを予言するものではありません。
- ±1.5〜2.0 SDSの幅: 遺伝的に設定された設計図には、通常プラスマイナス数センチから10センチ程度の幅(範囲)があります。
- 多遺伝子性の影響: 身長には12,000以上の遺伝的変異が関わっており、兄弟で身長が異なるのは、両親から受け継ぐこれらの膨大な遺伝子の組み合わせが一人ひとり異なるためです。
3. 少年野球の「根性論」が遺伝のスイッチをオフにする?
遺伝子のポテンシャルを最大限(幅の上限)まで引き出せるかどうかは、成長期の「環境」にかかっています。ここで、少年野球に蔓延する過酷な練習(オーバーワーク)が大きなリスクとなります。
- エネルギーの奪い合い: 成長には莫大なエネルギーが必要です。夏場の酷暑の中での長時間練習や、発達段階を無視した猛練習でエネルギーを使い果たしてしまうと、本来「骨を伸ばすため」に使われるはずのエネルギーが枯渇してしまいます。
- 成長板への過度な負荷: 遺伝子の設計図に基づいて骨が伸びる場所(成長板)は、非常に繊細な組織です。「歯を食いしばって耐える」ような過負荷や怪我は、成長板の早期閉鎖を招き、遺伝的に到達できたはずの身長に届かなくなる可能性があります。
4. 「夏に動ける体を作る」という神話の危険性
「中学・高校に上がった時に夏に動けるように、今のうちから暑さに慣れさせる」という指導が少年野球では一般的です。しかし、小学生の時期に命の危険を冒してまで酷暑で追い込むことは、医学的・科学的なメリットが証明されていません。
むしろ、過度な熱ストレスや疲労はホルモンバランスを乱し、成長を阻害する「負の環境要因」となります。科学的な視点に基づけば、「適切な休息と十分な睡眠」こそが、遺伝子の持つ成長スイッチを正しくONにするために不可欠なのです。
まとめ:親にできる「最高のコーチング」
お子さんの身長について、「遺伝だから仕方ない」と諦める必要も、「遺伝が良いから」と過信するのも間違いです。
保護者がすべき最大のサポートは、無理な食トレや猛練習を強いることではありません。「科学的な予測(標的身長)」を冷静に見守りつつ、オーバーワークを避け、エネルギーを成長に回せるような「休息と栄養の管理」を徹底することです。
お子さんの成長曲線が、親の身長から予想される範囲を大きく下回って推移する場合は、単なる努力不足ではなく、前述した「SHOX」や「ACAN」などの特定の遺伝的要因が隠れている場合もあります。その際は、速やかに専門医に相談してください。
参考文献
- Yengo, L., et al. (2022). A saturated map of common genetic variants associated with human height. Nature, 610, 704–712.
- Dauber, A., et al. (2025). International guideline on genetic testing of children with short stature (Version 8).
- MedlinePlus Genetics. Is height determined by genetics?
- Polidori, N., et al. (2020). Deciphering short stature in children. Ann Pediatr Endocrinol Metab, 25, 69–79.
- Hermanussen, M., & Cole, J. (2003). The calculation of target height reconsidered. Horm Res, 59, 180-183.
- Cohen, P., et al. (2008). Consensus statement on idiopathic short stature. J Clin Endocrinol Metab, 93, 4210-4217.
