少年野球のチームには、出生時に小さかった(SGA:在胎週数に対して出生体重・身長が標準未満)ものの、今は元気に白球を追っている子どもたちがたくさんいます。しかし、最新のゲノム研究では、低身長が続くSGA児の一部(調査により約15〜46%)に、「コピー数多型(CNV)」と呼ばれる遺伝子の微細な欠損や重複が隠れていることが明らかになっています。
その中でも、特に頻度が高く、スポーツの現場で注意が必要なのが22q11.2欠損症(22q11.2 microdeletion syndrome)です。
1. 22q11.2欠損症とは:最も頻度の高い「微細欠損」
22q11.2欠損症は、22番染色体の一部の非常に小さな領域が欠けている状態で、約4,000人に1人の割合で発生します。
- SGAとの関連: この欠損を持つ子どもの約4%に胎内発育不全(IUGR)が見られ、約15%が低身長を呈します。
- 「隠れた小柄」の正体: 近年の韓国でのマルチセンター研究では、低身長のSGA児で見つかった遺伝的異常の多くがこの22q11.2領域の変化であったと報告されています。
2. 少年野球の現場で見逃される「軽症例」
この症候群には心疾患などの重い症状もありますが、野球を続けられるほど元気な「軽症例」も多く存在します。そのため、単なる「少し顔立ちが特徴的な、小柄で頑張り屋な子」として見過ごされがちです。
保護者や指導者が気づくためのヒントは以下の通りです。
- 顔立ちの特徴: 腫れぼったい上まぶた、球状の鼻先、小さなくぼんだ耳など。
- 体調の変化: 疲れやすさ、風邪をひきやすい(免疫力の低下)、あるいは極稀に激しい運動中の手足のしびれ(低カルシウム血症による)。
- 発達の特性: 軽度の学習障害や、注意欠陥多動性障害(ADHD)のような特性を伴うことがあります。
3. 野球少年への「科学的警告」:根性論が命を脅かすリスク
22q11.2欠損症の課題を持つ子どもにとって、少年野球に根強い「根性論」や「夏の酷暑での追い込み」は、以下のような科学的リスクを伴います。
- 隠れた心機能の不安: 約75%に何らかの心血管異常が見られ、中には「円錐動脈幹部異常(テトラロジー・オブ・ファローなど)」が隠れている場合があります。過酷な夏場の練習で心臓に過度な負荷をかけることは、極めて危険な賭けとなります。
- 免疫不全と疲労回復: 胸腺の発育不全により免疫力が低下しているケースがあり、一度疲労困憊になると回復に時間がかかったり、感染症を繰り返したりします。
- カルシウムバランスの乱れ: 副甲状腺の機能低下により低カルシウム血症を起こしやすい体質の場合があります。脱水が加わる夏場のスポーツ環境では、痙攣や不整脈を誘発するリスクが高まります。
「中学・高校に上がった時のために、今のうちに暑さに耐える体を作る」という精神論は、22q11.2の特性を持つ子にとって、体を鍛えるどころか「命を削る」行為になりかねません。
4. 科学的な守り方:精密な評価と理解
この遺伝的な特性は、練習量を増やしたり、無理に食べさせたりしても変わりません。しかし、正しく知ることでお子さんの才能を安全に伸ばすことができます。
- 専門医による心臓と血液のチェック: 22q11.2欠損が疑われる場合、スポーツを安全に続けるために心エコーやカルシウム値の確認が不可欠です。
- 成長ホルモン療法の可能性: この疾患に伴う低身長に対して、成長ホルモン(rhGH)治療が検討される場合もあります。
- 個別のペース配分: 「みんなと同じメニューを耐え抜くこと」を美徳とせず、その子の身体能力(心肺機能や免疫力)に合わせた適切な休息を組み込むことが、長期的なスポーツ継続の鍵となります。
まとめ:その「小柄」は、身体からの大切なメッセージ
野球は素晴らしいスポーツですが、成長段階にある子どもの健康と命を犠牲にしてまで行うべきではありません。「背が伸びないのは根性が足りないからだ」という科学的根拠のない思い込みを捨て、お子さんの身体が発しているSOSに耳を傾けてください。
出生時のSGAという背景に、22q11.2欠損のような遺伝的な要因が重なっている場合、必要なのは「しごき」ではなく「適切な医療的評価と、個性を尊重した指導」です。
参考文献
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