少年野球の世界では「とにかく食べて体を大きくしろ」という指導が一般的です。しかし、もしお子さんが「予定日よりも早く生まれた」あるいは「出生時の体重や身長が標準より小さかった」場合、その小柄さは単なる努力不足ではなく、SGA(Small for Gestational Age)という医学的な背景が関係しているかもしれません。
目次
1. SGAとは何か:出生時の「設計図」の書き換え
SGAとは、お母さんのお腹の中にいた期間(在胎週数)に対して、出生時の体重または身長が標準の範囲(-2 SDS未満、または10パーセンタイル未満)に達していない状態を指します。
- 胎内環境の影響: 出生時の大きさは、遺伝子よりも母体の栄養状態や胎盤の機能といった「胎内環境」に強く影響されます。
- 遺伝子の発現: 成長を司るすべての遺伝子が生まれた瞬間に働いているわけではありません。乳児期から幼児期にかけて、徐々に「遺伝的なポテンシャル」へと移行していきます。
2. 「キャッチアップ成長」の科学的な限界
多くのSGA児(約90%)は、生まれてから2歳(早産児の場合は4歳)までに急激に成長し、標準的な成長曲線に追いつきます。これをキャッチアップ成長と呼びます。
しかし、注意が必要なのは残りの10%の子どもたちです。
- SGA-SS(SGA性低身長症): 2〜4歳までに標準範囲に追いつかなかった場合、その後も小柄なまま推移する可能性が7倍高まると報告されています。
- 遺伝的ポテンシャルとの解離: SGAとして生まれた子どもたちは、グループ全体として見ると、親の身長から予想される「標的身長(ターゲット・ハイト)」よりも、平均して1 SD(数センチ〜10センチ程度)低くなる傾向があります。
3. 野球少年への警告:「無理な増量」が招く健康リスク
「小さく生まれたのだから、人の倍食べさせて練習させればいい」という考え方は、SGA児にとって逆効果、あるいは危険である可能性があります。
- メタボリックシンドロームのリスク: SGA児が急速に「脂肪」だけで体重を増やそうとすると、将来的にインスリン抵抗性やメタボリックシンドローム、心血管疾患のリスクが高まることが懸念されています。
- エネルギーの枯渇: 成長に本来使われるべきエネルギーを、過酷な夏場の練習やオーバーワークで使い果たしてしまうと、数少ない「追いつくためのチャンス」を逃してしまいます。
「夏に動ける体を作る」ために酷暑の中で追い込むことは、SGA児の繊細な代謝バランスを崩し、一生続く健康被害を招くリスクがあるのです。
4. 医学的な「追い風」:成長ホルモン療法
SGAとして生まれ、一定の年齢になっても標準に追いつかない子どもたちに対しては、科学的に確立された支援策があります。
- 成長ホルモン(rhGH)治療: 日本を含む多くの国で、SGA性低身長症(SGA-SS)に対する成長ホルモン治療が承認されています。
- 開始のタイミング: 日本では一般的に3歳以上で、成長が停滞している場合に検討されます。この治療は、単に背を伸ばすだけでなく、骨格筋の発達や代謝の改善にも寄与することが期待されています。
まとめ:出生時の記憶を大切にする
お子さんの「小柄さ」の理由が出生時の状況にある場合、それを「根性」で上書きすることはできません。保護者がすべきことは、「成長曲線を継続的に記録し、医学的な介入が必要なタイミングを見逃さないこと」です。
野球の技術を磨くことと同じように、お子さんの「身体の土台」についても科学的な視点を持ち、無理な負荷から守ってあげてください。
参考文献
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- Hokken-Koelega, A. C. S., et al. (2023). International Consensus Guideline on Small for Gestational Age. Endocrine Reviews, 44(3), 539-565.
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