日本の少年野球において、夏の炎天下での練習や試合は「精神力を鍛える主戦場」と見なされがちです。しかし、内分泌学的な観点から見ると、過酷な環境下での運動は身体に極限の「生理的ストレス」を与え、成長に必要なホルモンバランスを根底から崩す危険な行為です。
ここでは、低血糖とストレスホルモン(コルチゾールなど)が、子どもの身体の成長にいかにブレーキをかけるかを科学的に説明します。
目次
1. 過度なストレスが生む「成長のブレーキ」:コルチゾール
過酷な暑さや精神的な追い込み、肉体的な限界を超えた練習は、体内で「コルチゾール」というストレスホルモンの分泌を激増させます。
- 成長ホルモンの抑制: コルチゾールの過剰な分泌は、脳(下垂体)からの成長ホルモンの分泌を直接抑制してしまいます。
- 筋肉の分解: コルチゾールには、エネルギーを確保するために「筋肉(タンパク質)を分解して糖に変える」という働きがあります。背を伸ばし筋肉を作るべき時期に、猛練習によるストレスで自らの筋肉を削ってしまうという、本末転倒な事態を招きます。
2. 低血糖(エネルギー枯渇)の罠:背を伸ばす余裕を奪う
「空腹に耐えて走る」「食べられないほど追い込む」指導は、身体を深刻なエネルギー不足(低血糖状態)に陥らせます。
- 「生存」vs「成長」: 身体は、入ってくるエネルギーが消費量に追いつかなくなると、まず「生存(心臓や脳を動かす)」を最優先にします。「成長(背を伸ばす)」は生命維持には不要な活動と判断され、エネルギー配分が完全にカットされます。
- IGF-1の合成停止: 前述の通り、成長ホルモンが骨を伸ばすためには「IGF-1」という物質を肝臓で作る必要がありますが、これには十分な栄養とエネルギーが不可欠です。低血糖状態では、どれだけ成長ホルモンが出ていてもIGF-1が作られず、成長はストップします。
3. 「夏場の主戦場」が招く代謝の冬眠状態
酷暑の中での運動、多量の発汗、脱水は、甲状腺ホルモンなどの全身の代謝システムにも影響を与えます。
- 代謝抑制モード: 身体は過酷な環境や飢餓に直面すると、エネルギー消費を抑えるために、全身のエンジンを低回転に保とうとします。このとき、代謝を抑制する物質が増え、身体はあたかも「冬眠状態」のように省エネモードに入ります。
- 成長期のロス: 夏休みの数ヶ月間、このようなストレス下で過ごすことは、一生に一度の貴重な成長時間を完全に無駄にし、将来の体格ポテンシャルを削っていることに他なりません。
4. 指導者・保護者への提言:科学的な「安全ライン」
「根性」で乗り越えようとする姿勢が、実際には子どもの内分泌システムを破壊している現実に目を向ける必要があります。
- 「空腹」での運動を避ける: 練習前や練習中の適切なエネルギー補給(補食)は、低血糖による成長停止を防ぐための「必須のトレーニング」です。
- 「過酷な夏」の練習中止基準: 暑さ指数(WBGT)が高い環境では、内分泌系へのダメージが不可欠となります。命を守ることはもちろん、成長を守るためにも「勇気ある中止」が必要です。
- ストレスサインの見極め: 「顔色が青白い」「練習後に食べられない」「朝起きられない」といった兆候は、ストレスホルモンが過剰になり代謝が崩壊しているサインです。
野球は「身体を鍛える」ためのスポーツです。しかし、科学的根拠を無視した猛練習は、子どもの内分泌系を緊急事態に追い込み、本来の目的であるはずの「健やかな成長」を奪ってしまいます。これからの少年野球には、「ホルモンが健康に働ける環境作り」という責任ある指導が求められます。
参考文献
- Berrin Ergun-Longmire, Michael P. Wajnrajch, “Growth and Growth Disorders”, Endotext (2025).
- Philip G. Murray, Peter E. Clayton, “Disorders of Growth Hormone in Childhood”, Endotext (2022).
- “Short Stature: A Guide for Families”, Pediatric Endocrine Society (2020).
- Andrew Calabria, “Growth Hormone Deficiency in Children”, Merck Manual Professional Edition (2024).
- Andrew Calabria, “Hypothyroidism in Infants and Children”, MSD Manual Professional Edition (2024).
- Maria Segni, “Disorders of the Thyroid Gland in Infancy, Childhood and Adolescence”, Endotext (2017).
- Kanthi Bangalore Krishna, Selma Feldman Witchel, “Normal and Abnormal Puberty”, Endotext (2024).
