思春期を迎えた子どもが急激に背を伸ばす様子を見て、保護者や指導者は「ようやく野球選手らしい体になってきた」と喜ぶものです。しかし、この成長を支える「性ホルモン(エストロゲンやテストステロン)」には、身長を急激に伸ばす「ブースター」としての顔と、成長を完全に終わらせる「ストッパー」としての顔の二面性があります。
この仕組みを正しく理解しないまま、体格が良くなったからと「根性論」で練習量を増やしてしまうと、子どもの一生の身長や健康を損なうリスクがあります。
目次
1. なぜ思春期に身長が急激に伸びるのか?
思春期に入ると、男子は精巣からテストステロン、女子は卵巣からエストロゲンが分泌され始めます。これらの性ホルモンは、単独で働くのではなく、これまでに解説した「成長ホルモン(GH)」と協力して働きます。
- 相乗効果のメカニズム: 性ホルモンが分泌されると、脳の下垂体が刺激され、成長ホルモンの分泌量が劇的に増加します。これにより、肝臓で作られる「IGF-1(実際に骨を伸ばす物質)」の濃度も最大化され、年間で最も背が伸びる「成長スパート」が起こります。
- エネルギーの爆発: この時期の体は、新しい組織を作るために膨大なエネルギーを必要としています。
2. 成長の終わりを告げる「骨端線の閉鎖」
性ホルモンのもう一つの、そして最も重要な役割は、骨の先端にある「成長板(骨端線)」を硬い骨に変えて、閉じてしまうことです。
- エストロゲンの決定的な役割: 意外かもしれませんが、男子においても骨を閉じる主役は「エストロゲン(女性ホルモン)」です。男子の体内で分泌されたテストステロンの一部がエストロゲンに変換され、それが骨の受容体に働くことで、骨端線が閉鎖へと向かいます。
- 閉鎖=成長停止: 骨端線が完全に硬い骨に置き換わると、どれだけ成長ホルモンを投与しても、それ以上背が伸びることは物理的にあり得ません。
3. 野球現場での「早熟」と「根性論」の罠
少年野球では、同学年の中でも「早く思春期が来た子(早熟な子)」が体格で勝り、中心選手として活躍する傾向があります。ここに内分泌学的な落とし穴があります。
- 最終身長を削るリスク: 思春期が早すぎる場合、一時的には背が伸びて有利に見えますが、性ホルモンの働きによって骨端線が早く閉じてしまうため、最終的な成人身長は本来のポテンシャルよりも低くなる可能性があります。
- 「精神論」による追い込みの弊害: 体格が良くなったからといって、大人のような過酷な練習を強いることは、骨の成熟をさらに早めたり、伸び盛りの柔らかい骨を痛めたりする原因になります。「体が大きいから大丈夫だ」という思い込みは、科学的には非常に危険です。
4. 指導者・保護者が守るべき「成長のタイミング」
子どもの一生に一度の成長期を無駄にしないために、以下の視点が必要です。
- 骨年齢の意識: カレンダー上の年齢ではなく、骨がどれくらい成熟しているか(あとどれくらい伸びる余地があるか)を意識してください。
- エネルギーの温存: 性ホルモンが「背を伸ばす仕事」をしている時に、過酷な夏場の練習や過度な走り込みでエネルギーを使い果たさせてはいけません。体力がついたように見えても、内分泌系は限界まで酷使されている場合があります。
- 成長スパートを「急がせない」: 適切な睡眠と栄養は、性ホルモンがバランス良く働くために不可欠です。無理な負荷で体を「生存モード」に追い込まず、ホルモンが健康に働ける「余裕」を確保してあげることが、真の英才教育です。
まとめると、性ホルモンによる成長スパートは「成長の終わりが始まった合図」でもあります。この貴重な「最後の伸び代」を、目先の勝利や根性論で使い切ってしまうのではなく、科学的な配慮をもって大切に育んでいきましょう。
参考文献
- Philip G. Murray, Peter E. Clayton, “Disorders of Growth Hormone in Childhood”, Endotext (2022).
- Kanthi Bangalore Krishna, Selma Feldman Witchel, “Normal and Abnormal Puberty”, Endotext (2024).
- Berrin Ergun-Longmire, Michael P. Wajnrajch, “Growth and Growth Disorders”, Endotext (2025).
- “Acromegaly – NIDDK”, NIH.
- “Short Stature: A Guide for Families”, Pediatric Endocrine Society (2020).
- “International guideline on genetic testing of children with short stature”, IGGGC (2025).
